「本を読め」とよく言われるけど、その理由はなんだろう?
こんな疑問にお答えしていきます。
とりあえず呪文のごとく繰り返されるのが「本を読みなさい」という言葉。
「なんとなく理由は分かる気もする・・・けど、ただ読め読め言われるだけじゃなあ。」
「明確な理由を言ってくれる人っていないけど、どんな理由なのか聞きたい。」
・・・なんて思っている人、結構いるんじゃないかと思います。
そこで今回は、言っている本人も分かっていない理由を分かりやすく解説していきたいと思います。
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本には筆者の人生が詰まっている
いきなり答えを言ってしまうと、「その人の人生が詰まっているものだから」です。
「え?意味分からないんですけど」と思うかもしれません。順を追って解説していきます。
情報が多すぎる現代
みなさん、生まれてから本当の意味で誰にも頼らず人生を終える人はいるでしょうか?
この答えは明確で、まず間違いなく「いない」と思います。
食べ物などの目に見える物もそうなんですが、目に見えない物、例えば情報や知識といったものも私たちの意志に関係なく流れ込んでくるものが多いです。
とりわけそれは自分の周りにいる家族、親友、仕事の仲間といった身近な人たちから得ることが多いと思います。
しかし、雑談、世間話、文句や愚痴など、場合によっては自分にとって必要な情報ばかりではありませんよね?
さらに、現代ではネットを使って誰でも簡単に情報を引き出せる便利な時代になりました。
とはいえ、ネットですら自分が知りたい情報ばかりが拾えるわけではありません。
場合によっては不確実な情報に振り回され、拡散され、本来起こることのないトラブルに発展することもあります。
コロナウイルスが流行り始めた当初などはいい例。
コロナウイルスが未知の存在だったこともあってデマが流れ拡散し、マスクや日常品が不足し、生活に不安感をあおる結果になりました。
デバイスひとつであらゆる情報が手軽に入手できるのは便利ですが、その情報が正しいのか誤っているのかの取捨選択は大きな課題。
知りえた情報をいち早く周りに流したいという気持ちは分からなくもない。
ただ、ときとしてそういった気持ちがデマという魔物に形を変えて人々の生活を脅かす存在になりえるということは認識しておかなければなりません。
結局は情報を得た本人の裁量によるところが大きいと言わざるを得ないのが現状ですよね。
本には情報が凝縮されている
そういった取捨選択を繰り返しながら、比較的長い時間をかけて徐々に積み重ねていく情報。
まさに「本」というものはその人が人生の中で取捨選択して時間をかけて少しずつ積み重ねてきた情報の内の、必要な部分だけを切り取って書き上げたものなわけです。
だって一冊の本にしてまとめるときに、どうでもいいワケの分からない情報は書かないですよね?
その人が主張したい、世間に広めたいと思うからこそ、わざわざ時間をかけて本という媒体にまとめている。
言ってみればムダなぜい肉をそぎ落として極めてスタイリッシュな形として送り出しているものだと言えるのです。
書籍として出版している以上、ネット上に出回る様々な情報と比べたとき、ある程度の信頼性というのも保証されます。
つまり、あなた自身がいろんな環境でいろんな人と出会い、時間をかけて積み重ねていくことでしか得られない多くの情報。
しかもムダな部分をカットした状態でより多くの人数ぶん、より短い時間でお手軽に手に入れることができるのが「本を読む」という行為なのです。
実は「本」でなくても手に入る
でもその媒体が「本」しかないんじゃなあ・・・と思ったかもしれませんが、そうでもありません。
リアルな体験ではない推理小説でも、活字だけではない漫画でも、何も活字がないアニメやドラマのストーリーでも、要は同じです。
それらも作者の経験や考え方、想像力から作り出されていることになんら変わりはなく、情報源が「本」でなければいけないというものではないのです。
昔からずっとある媒体で、活字だけの情報から読者がより自分の想像力を使って自由に読み進めることができるという利点から「本」というものが一番に挙げられるだけ。
言っている本人もそこまで理解しているかは分かりませんけどね。
まとめ
一冊一冊の本を読むことがひとりひとりの人との出会いだと仮定すれば、「その人の人生が詰まっている。短い時間で多くのことが学べる」と別の見方ができます。
今まで本を読むことにあまり興味がなかった人でも本を読むきっかけになるかもしれませんね。