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アメリカ式の多様性を見る【他人を尊重できないなら出ていけ】

Statue of Liberty
ごんざぶろう

多様性多様性って騒いでるのって日本だけじゃない?

こんな疑問にお答えしていきます。

最近よく耳にするようになった「多様性」や「ジェンダーレス」といった言葉。

実はこれ、海外から見れば遅れています。

そのあたりを、日本とつながりが深いアメリカの例をとって解説していきます。

また、アメリカ式の「多様性を容認・理解する」の一歩先をゆくとらえかたにも焦点を合わせていきます。

海外では当たり前

先ほど述べたとおり、日本で「多様性」や「ジェンダーレス」といったことに注目され始めたのはつい最近のこと。

ですが、海外ではもっと前から注目されている。もっと言えば生活の身近にある当たり前のことです。

Youtubeに興味深い動画がありましたので、それを例にとって解説したいと思います。

数年前の動画ですが、当時アメリカの空軍士官学校校長を務めていたジェイ・シルベリア氏の演説です。5分くらいなのでサクっと観られます。

演説の概要を解説すると、自らが校長を務める空軍士官学校の学生寮の伝言板に、人種差別に当たる言葉が書き込まれていました。

これを重大な問題ととらえた同氏は、全校生徒と教職員を招集して、他人を尊重することの大切さを語ります。

「多様性(diversity)」というワードを多用しているわけではないのですが、語っている内容は、現在日本で注目されている「多様性」そのものだと分かります。

よろしければ動画を観てみてください。私の説明よりも熱量が伝わります。

「多様性」に込めた思い

申し上げたとおり、シルベリア氏は「多様性の大切さ」を語るだけにとどまりませんでした。

そう、この演説を通じて、彼はそれ以外の部分も語っていたと私は感じましたが、いかがでしょうか。

ポイントを3つにしぼって、私なりに感じた解釈を解説していきます。

ポイント

  • 多様性の「力」
  • 大国のプライド
  • 上長として、人として

多様性の「力」

多様性や多様性の容認・理解の大切さはよくされる話です。私自身もそこまでのお話は別記事でくわしく語らせてもらいました。

多様性についての記事はこちら

「生き方」が放つエネルギー【LGBTQIAに見る多様性】

しかし、シルベリア氏はその奥深くにまで言及しています。

それがポイントのひとつめ、「多様性の力」です。

動画内から該当箇所を切り取り、解説してみます。

多様性の力について

多様性の力、多様な集団の力。

我々が様々な境遇から国内各国からこうして集まり、

あらゆる人種、あらゆる背景、あらゆる性別や生まれ育ちの人間が

こうして集まったその多様性の力があればこそ、我々はその分だけ強くなる。

アメリカには白人、黒人はもとより、近年ヒスパニック(中南米系)、アジア系の人種も増えてきており、まさに人種として多様であるといえる国。

元々アメリカで生まれ育った人以外にも、家庭的事情などによりアメリカの地を踏んだ人もいるでしょう。

「あらゆる性別」というワードからも分かるとおり、「ジェンダーレス(性別区分をなくした考え方)」にも言及しています。

私たちが現在ようやく注目し始めた多様性というものについて、アメリカではすでに当たり前のこととして語られていたのです。

というのも、アメリカには日本では見られないような多種多様な人種が集まる要因がたくさんあります。

例えば宗教があること。

日本は無宗教です。信仰しなければならない宗教というものがない。

アメリカにはそうではない人が多く、人種が多いぶん国教の種類も増え、それぞれの宗教に基本概念というものが存在する。

世界各地で紛争が絶えない理由のひとつは、この「宗教ごとの基本概念の違い」。

宗教そのものの考え方の違いだから、違う宗教を信仰する者同士が議論したところで答えなんて出ないんです。

個人の考え方の違いなんて比べ物にならないくらいどうしようもない。

それはある意味で、その個人が国の宗教の基本概念という同じ考え方にしばられていて、譲り合うことができない要素になってしまっているから。

このように、国の特色や文化の違いによってアメリカのほうがより多様化しやすい要因があると言えるでしょう。

ところがシルベリア氏は、その国教を含めたしがらみもすべて認識・理解していこうと語っています。すごい人です。

しかも、それだけの多様性があるアメリカという国の中で、多様性を持った集団の力は大きく、その力が自分たちを強くするとまで発言しています。

「多様性があってみんな違うからバラバラになってしまう」という考え方じゃない。

「それだけ多くの多様性を持った自分たちだからこそ、足りないところはフォローしあうことができ、アイデアを出し合い、より大きな力を生み出すことができる」という考え方。

マイナスな出来事をマイナスなままで終わらせず、プラスの方向に導くという欧米の考え方は学ぶところが多いですね。

大国のプライド

アメリカにあって日本にないものは宗教以外にもあります。

例えば「愛国心」なんてどうでしょうか?

その国の人間として自国を愛する心。誇りに思うこと。

分かりやすく言えばそんなところでしょうが、ことアメリカのような大国になれば愛国心も大きくなるもの。

ここでまた、シルベリア氏の演説から切り抜きをして解説していきます。

大国のプライド

この組織は我々のもので、我々の価値観は誰にも奪えない。

もし誰かの尊厳を尊重し、敬意とともに接することができないなら出ていきなさい。

このあたりは自身も述べているように、演説の要点箇所にもあたるところなので、熱量も増している。

先ほどの抜粋部分よりも言葉は短く、見逃してしまいがちなのですが、大切だからこそ端的に伝えている。そう感じます。

この組織・・・ 無論、「空軍士官学校」に他ならないのでしょうが、大きくとらえれば「アメリカ」というふうにも考えられます。

前述したとおり、アメリカという大国には様々な環境や様々な考え方を持つ人が集まっている。

その大国がバラバラになることもなく、集団としてまとまった力を発揮できるのは、お互いがお互いを尊重し、認め、理解する気持ちがあるから。

「人と人は違って当たり前だ」という考えが備わっているから、いたずらに誰かの価値観を傷つけたり、人間としての尊厳を損なうようなことをしたりしない。

そんな国で。

「人種差別」という、いまだ根強い問題に関するところで悲しむべき出来事が起こったことに。

「どんな立場にある人間も、どんな環境にある人間も、同じ人間として生きている仲間をさげすんではならない。

誰にもそんな権利はない。それは恥ずべき行為だ。

これがアメリカ。これがアメリカだ!気に入らないのなら、この国を出ていってもらっても構わない。」

そんなアメリカの強いプライドをその場の全員に、演説を聴く世界のすべての人々に、見せつけたようにも思えました。

上長として、人として

当然のことながら、シルベリア氏は空軍士官学校校長としてみんなに言っておくべきことを伝えました。

ただ、ところどころで出てくるのですが、自分が空軍士官学校校長だから、空軍士官学校予備校生だから人をさげすむことがあってはならないという以上に。

人間として。同じ「人として」。

どう考えてもおかしいよね?

違うところだらけだけど、同じ人間同士。それを忘れないで。

そう強くうったえているようにも見えました。

「怒る」じゃなく「叱る」

シルベリア氏が素晴らしかったのは、頭ごなしに怒鳴ったりすることなく、冷静に諭したことでした。

「お前ら、なんでこんなことするんだ!そんなことも分からないのか!」

・・・ではない。

「誰がやったんだ!名乗り出ろ!」

・・・でもない。

彼はいたずらに犯人探しをすることが問題の根本的な解決にはならないことがよく分かっているんですよね。

犯人探しをして、犯人が分かって。これで同じ過ちが繰り返されることを防げるでしょうか?

できませんよね?

感情的に怒鳴り散らして気が済むのは、怒鳴り散らした人だけです。

関係者を全員集めてまで演説をしたということは、そこにいる全員に伝えたかったということ。

そのために必要なのは、素直に聞いてもらうために自身が冷静になることと、理由をつけて、客観的に分かりやすくどうするべきなのか説明すること。

「怒る」のではなく「叱る」。

それをしっかり実践しているシルベリア氏の言葉は、おそらく全員に響いていることでしょう。

「怒る」こと「叱る」ことの関連記事はこちら。

叱ると怒るの違い【叱るを実践したいなら必読の方法を解説】

まとめ

最近日本でも注目され始めた「多様性」を、日本とアメリカのとらえかたの大きな違いまで深掘りして解説しました。

日本人は古くからの風習を重んじて、変化を嫌う人種です。

しかしながら、時代や流行が変化するのと同様に、人間のありかたというのも変化しうるものだと思います。

自分の前で起きた「はじめて」ことに関して、自分の中の固定概念で決めつけて見るのは簡単です。

しかし、「こんなものもあるんだな」と軽い気持ちで見つめられれば、それが他人を尊重することにつながり、しいては「多様性」を認め、理解し、重要性に気づくきっかけになりますよ。

固定概念にとらわれず、白黒つけてしまう自分を変えるための記事はこちら。

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