考察

「努力は必ず報われる」は本当【努力の方向性は合ってますか?】

2020-08-26

five women standing on brown track and field

みなさんは「努力」という言葉にどんなイメージをお持ちでしょうか?

どちらかといえば「努力が実った」「努力の甲斐あって」というよりも、「努力しなさい」とか「努力したってムダ」とかいう使われ方に慣れているのが現状でしょうか。

今日は私たちが日ごろよく耳にする「努力は必ず報われる」が本当なのかどうかという途方もないテーマの考察にチャレンジしてみようと思います。

努力という言葉にいいイメージがある人もそうでない人もお楽しみいただける内容となっていますので、ぜひ読んでみてくださいね。

努力したかどうかの基準はどう決めるか?

最初に、そもそも努力をしたかどうかは誰がどう決めるのか?そのへんについて考えていきたいと思います。

まずあてにならないのは努力した本人の基準ですね。

個人個人で考え方が違うのですから、同じ頑張りでもある人は自分は努力した、ある人は自分の努力が足りなかったとなるでしょう。

そうすると同じ努力量でも個人個人で意見が違うということになりますから、努力した本人の基準は一番弱いものとなるでしょう。

では、周りの人が決めるべきなのか。いや、おそらくこれも違いますね。基準を本人ではない他の人に委ねたところで、意見が割れるのは目に見えています。

じゃあ誰が決めるのか?偉い人?専門家?

・・・いや、これも違いますね。基準は人に求めてはいけないのかもしれません。

努力した、努力していないと明確に言える状況は?

では、ここで角度を変えてみます。「こいつは努力したと言える」「こいつは努力していないと言える」と断言できそうな状況を考えてみましょう。

・・・こんな状況はどうでしょう?

東大に合格することを目標に努力をしました。合格したなら「努力した」。不合格なら「努力が足りなかった」。

つまり目標に対して「結果が出たのであれば努力できている」、「結果が出ていないのであれば努力できていない」。

賛否はあるでしょうが、誰に判断を仰いでも個人差で意見がバラつかない状況だと言えませんか?

努力量は結果に比例するのか?

では前項の内容を仮説として、努力した量について考えたいと思います。

せっかく東大合格の例を挙げたので、それにならっていきましょうか。

東大合格のために努力した時間が多ければ多いほど合格(努力したと言える結果)が近づくのでしょうか?

これ、多分違いますよね?

例えば独学で勉強時間を増やしたところで、的外れなやり方で効率の悪い勉強を繰り返していたのだとすれば合格できないでしょう。

(=努力できていないと言える状況に近づく努力)

逆に言えば、例えば塾や予備校に通ってポイントを押さえた効率のよい方法で学習できたなら、ただ学習時間を増やしただけの人よりも学習時間は短く済み、合格する確率も上がると言えるでしょう。

(=努力できているという状況に近づく努力)

以上のことから、ただやみくもに努力しても結果は出ないし、努力する量や時間と結果は必ずしも比例しないと言えそうです。

努力の方向性・方法を指し示すのが「才能」

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東大の例でお話を進めてきましたが、独学でありながら効率よく学習して合格できる人というのがまれにいるのはみなさんご存知でしょう。

そういう人を「あの人は才能があっていいなあ」などと評価します。

「才能があるから努力の必要はないし、苦労しなくていいよね」なんてあらん限りの皮肉を込めているようにも感じますが、本当に才能だけでしょうか?

かの発明家トーマス・エジソンのこんな名言をお聞きになったことがあると思います。

天才とは1%のひらめきと99%の努力である

この名言の意味には諸説あるのですが、一般に認識されている「努力は惜しまずすること」とは違う、よりエジソンの本意に近いとされている意味があります。

それは「天才とは、生まれた1%のひらめきを活かして99%の努力をする人」で、つまり「1%のひらめきがなければ99%の努力もムダになってしまう」という意味です。

逆に言えば「1%のひらめきさえ生まれれば、あとは努力次第でどうとでもなる」ということです。

これって先程の「独学で東大合格する人」に当てはまりませんか?

自分の力で東大合格までの最短ルートを導き出し(ひらめき)、その効率的な方法に沿って努力をして合格する人ですよね?

要は才能と努力がマッチしている状態で、どちらかだけでは成り立ちません。

生まれた才能を活かす不断の努力、努力を最大限に活かすための才能(ひらめき)。

この才能×努力が成功という好結果に結びつくのではないかと思うのです。

私の結論

「結果が出れば努力したと言える」

「結果が出るかどうかに努力量は比例しない」

「努力の方向性・方法を導き出すのは才能」

というみっつを仮説として導き出される私の結論はこちらです。

「努力は必ず報われる」というのは本当。ただし「努力の方向性や方法が合っていることが条件」

そして「努力は必ず報われる」を体現している人は才能と努力のバランスが最高だった人と言ってもいいのではないでしょうか。

まとめ

そうとなれば「ひらめきというスパイスを手に入れるために動く」しかないような気がします。

あとは文字通り、努力が成功に導いてくれるはずです。

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