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喜怒哀楽はどれが欠落しても異常【みなさんちゃんと出てますか?】

2020-10-01

orange and white egg on stainless steel rack

ごくたまにいませんか?大体表情は一定、会話の抑揚も一定、自分の主張をしない人。

そうなると「ん~。何考えてるのか、何を思ってるのかなんも分かんないなあ・・・」ってなってきます。

こういう人は周りの人と何が違うのでしょう?

実は喜怒哀楽を表現しないという共通点があるのです。

それにしても、通常意識しなくても表に出るはずの喜怒哀楽が出ないのはなぜなのでしょうか?

今回は、喜怒哀楽を表現しない人のメカニズムを追いながら、そこから喜怒哀楽が表現できることの重要性や見えてくる未来の形を解説していきたいと思います。

喜怒哀楽とは?

まずは「喜怒哀楽」がなんなのか、軽く触れていきましょう。

喜怒哀楽とは?

「喜」・・・よろこぶこと。自分が嬉しい気持ちになったときに出る感情。

例) 実験が100回目にして初めて成功し、みんな喜んだ。

「怒」・・・おこること。自分が腹立たしい気持ちになったときに出る感情。

例) 満員電車で足を思いっきり踏まれ、私は怒った。

「哀」・・・かなしむこと。自分が悲しい気持ちになったときに出る感情。

例) 大切なキーホルダーを失くして悲しんだ。

「楽」・・・たのしむこと。自分が楽しい気持ちになったときに出る感情。

例) 好きなゲームをプレイしていると楽しい。

感情の制御

社会人においては感情的にならず淡々と業務をこなすことを求められる場面のほうが多いです。

ですから喜怒哀楽が表に出ないことにもメリットはあるのですが、私が問題だと思うのは「感情が何も出ない人」。

こういった人は、喜怒哀楽を表現したときに、冷めた大人の対応によって喜怒哀楽はいらないものなのだという間違った認識を幼少期から埋め込まれている可能性が高いです。

「そんなことで何を喜んでいるの?」「そんくらいで怒るなよ(笑)」「みっともないから涙なんか見せるんじゃない」「今のはぜんぜん楽しくなんかないでしょ」

こんなふうに。

基本的に幼少期というのは個人差なく感受性が豊かですから、これはもともと備わっている素質といってもいいものです。

それを心無い大人たちの対応によって「こうしちゃいけないんだ」「こうすることはおかしいことなんだ」と性格をゆがめられた結果、子供は次第に感情を表に出さなくなってくるのです。

そう、無感情な人が悪いんじゃない。勝手なエゴで幼少期の豊かな感受性を封じ込めさせた人間が近くにいたのです。

もしくはこんなパターンもあります。

いわゆるゲーム脳というやつで、ゲームをしているときの人間の脳波を見てみると波が変動しておらず、何も風がない水面のようにまっすぐな線を描いているのだそうです。

日常的にこれが繰り返され、例えば外界とのかかわりをシャットダウンしたような状況下で続くのならば、危険性はさらに増加していきます。

笑顔しか見せない人も問題あり

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普段から怒ってばかりの人は誰が見てもあまりよくないと分かりますが、普段から笑顔しか見せないような人も要注意です。

私がすでにタイトルで申し上げました。「喜怒哀楽どれが欠落しても異常」だと。

笑顔の表現しかない。それはつまり「怒哀」といったマイナスの感情を表にまったく出していないということです。

これは異常です。感情の起伏がないよりももっと深刻な問題ですよ。

つまり周りの人たちに見せないようにしている面がたくさんあるということになり、自然にそうなっているのではなく何かの理由でそうしたくないから無理やり閉じ込めてしまっているといってもいいでしょう。

喜怒哀楽が表現できることの重要性

さきほど言いましたが、幼少期というのは多くの人が素質として豊かな感受性を持っている時期。

豊かな感受性=素直さともいえるかもしれません。

「少年のような心を持っている」とかいう言い方を聞いたことがあると思いますが、これなんかは大人としての理性と、子供のような感受性(素直さ)にあふれる人間ということで、そりゃもう無敵といってもいいくらいの存在ですよ。

ワンピースのルフィをイメージすれば分かりやすいでしょうか(といっても彼はまだ少年ですが笑)。

素直さがなくなるような場面を思い描いてみると、大人になる過程での世の中の不条理、社会や大人のルールへの服従、正論とはいえない正義。

そういったエキスを飲み込んでいくことで失っていくものなのかなと思っています。

大人になってもそれを失わず飲み込まれないだけの強さを持っている人は素直なまま。

つまり「大人でありながら豊かな感受性をもつ」。ゆえに喜怒哀楽の感情表現がちゃんとできる。

「豊かな感受性」=「子供っぽい」ではない

ですから、感受性が豊かで喜怒哀楽を表現できること自体が「子供っぽい」というわけではないのですが、誤った認識を持った人は喜怒哀楽を出すことは恥ずかしいことだといって封印し、鉄仮面を被るのです。

幼少期に大人たちに封じ込められた喜怒哀楽。自分から封じ込めた喜怒哀楽。過程は違いますが、どちらも不完全な大人になってしまったがために起きた思い違い。

この思い違いを取り払った社会にはどんなメリットが待ち受けているのでしょう?

イキイキとした人がたくさんいる世界

物事を重く受け止めすぎて頭をかかえる人。自分に自信がなくうつむいてばかりの人。

それがささいなことで喜んだり楽しんだりできる世界に変わります。

ピリピリもギスギスもしていない世界。

人が人としてあるべき姿で生きられる世界。

よくないですか?

この現代の社会にこそ必要な要素。

必要な未来の形がそこにあります。

まとめ

ひとりの人間の喜怒哀楽。

そういったらとても小さなことだと感じますが、その裏にははぐくまれるべき感受性の有無が見え隠れしているのです。

楽しい人生のほうが充実している。楽しいですよね?

そんな社会を目指していけたらと思います。

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